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ベルリンの壁崩壊20周年
 1989年11月9日戦後ベルリンを東西に分断していた壁が崩れた。今年はその20周年に当たる。メドベ−ジェフ露大統領、クリントン米国務長官、ゴルバチョフ元ソ連大統領、ワレサ元ポーランド大統領が出席のもと記念式典が行われた。

ワレサ大統領が最初に一押しして全長1.5km、1000個の巨大ドミノが倒れ始めた。

ワレサ書記長が率いたポーランドの連帯(Solidarnosci)がなければベルリンの壁の崩壊も旧東欧諸国の雪崩を打った自由化への革命もソ連の崩壊もなかっただろう。

一家が東西に分断され親兄弟が10年以上会えなかった。地下にトンネルを掘り集団で脱走したグループもいた。あるエンジニアは自宅で秘かに気球を作り、家族全員で空から西に亡命した。しかし、あと一息のところで壁と鉄条網に阻まれ銃撃され命を落とした市民が沢山いたのだ。

どうして、それほどまでして西へ移りたかったのだろう?

「自由への希求」一言でいえば、そう言うほかにない。

革命当時は理想に燃えていた社会主義国。スターリンの時代は権力闘争で有力な指導者は暗殺され、多くの市民も強制収容所へ送られた。教条主義的な理念のために言論の自由は封殺されていた。

10年20年は我慢できるかもしれない。だが、もともとキリスト教国だった中部ヨーロッパの国民は、ソ連の強権的支配に服従したままではおれなかっただろう。

インターネットの普及で西側の情報がどんどん入ってくると、人間の自由への志向は抑えようがなくなっただろう。

西側には多品種で色とりどりの商品が溢れている。消費者はより取り見取り、好きなものを手に入れられる。それに比べ、服も化粧品も車もデザインがダサく、工場は同じものしか作らず輸入品には手が届かない。

そんな社会から抜け出たいという市民が続出した。

東西統合はドイツ国民の民意に任せ、ポーランドとの国境は現状維持を守ることで各国の合意を取り付けた当時の政治的指導者、ミッテラン大統領、コール首相、2人の連携に合わせて、大国の舵取りをしていかねばならなかったゴルバチョフ・ソ連大統領は選択に苦悶したであろう。

特にゴルバチョフはソ連邦という人類史始まって以来の体制が崩壊の瀬戸際に立っていたのを知っていたのであり、ひとつ誤れば第三次世界大戦という危機的状況でもあった。

しかし、歴史は東西ドイツの国民の希求する方向へ流れた。第三次世界大戦を避けソ連邦が崩壊するに任せたゴルバチョフの勇気は、人類がまだ英知を保っているという安堵を感じさせてくれる。

人類は自由という宝物を手に入れたが、その代償に、なんでも自分で決め、決めたことに自分で責任を持たなければならない時代を迎えた。

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posted by: おおばつぐみ | ネットワークビジネス | 16:34 | comments(0) | trackbacks(0) |-